touring diary 2004 8/13・14


8/13

 朝9時にゼファーとエストレアで岐阜を出発・・・途中でモーニングコーヒーなぞを飲みながらどこへ行こうかな?。春先から岐阜の山間部ばかりを走ってきたので今回は進路を西にとることにした。とりあえず琵琶湖まで行って、その先の天橋立まで行ってみるか。天気も良さそうだし、ま、適当に走ってゆこう・・・こんなやり方が私は一番好きだ。計画をきっちり立てて行くのはあまり好きではないし、第一面倒くさい。その時の気分任せでフラフラと流れていくのが一番いい。特にバイクのツーリングではそれが似合っているように思う。バイクは身軽さが身上なのだ。積める荷物も限られている。

 琵琶湖の北にあるバイクの一杯集まるドライブインから303号で福井の小浜に抜ける。あとは27号を西に走る。小浜市内で渋滞していたが、そこはバイクの独壇場。すり抜けてなんとか2時ごろ高浜シーサイドパークで昼食にありつく。最近はどこへ行っても道の駅があるので便利だが、道の駅もずいぶん様変わりしてきた。ココはイタリアンレストランがメインの道の駅だ。たいへん久しぶりにカラスミを食った。

 3時ごろ天橋立に到着。駐車場はどこも満車だが、コレもバイクの良いところで、道端にヒョイと駐車。 参道の商店街を歩いているとモーターボート乗り場があったので聞くと、オッサンが二人だと4000円と言う。海から天橋立を楽しむのも悪くないと思い早速乗り込むと、すぐに受付が来て「もう二人乗っていいですか?」と言う。「いいっすよ!」と言うと料金が3000円になった。ボートは18フィートくらいで230馬力のボルボエンジンを積んでいる。 ウィーン!とまるで旅客機のような唸りを上げてベタ凪の日本海を疾走した。

夕刻、旅館組合で宿を探してもらい、宿を決めてから丹後半島一周に出かけた。 天橋立から海沿いの気持ちの良い道を疾走し、伊根の断崖絶壁から経ヶ岬にたどり着いたところで日が暮れ始める。丹後半島ってけっこう大きい。この先丹後松島と呼ばれているほど景観の良い場所が続くのだが、やがて日が落ちて何も見えなくなった。下の写真は伊根漁港から少し先の断崖である。

 宿のある丹後の宮津に戻ったのは8時半ごろだった。飯を食おうと街を探すがあまり食い物屋がない。「地魚あります」と書かれた店に入るが「もう今日は終わりました・・・」ときた。仕方なく海沿いのジャスコの食堂街の和食レストランで済ます。とその時初めて携帯電話を見た私は友人からの着信があったことを知った。高校時代からの親友のSである。かけなおすと、「いまどこにおる〜」と聞くので「天橋立じゃ〜」と答えると、「オレは今高知」と言う。「今阿波踊りをやってるよなぁ・・・」と言うと、明日徳島に行って阿波踊りを見る予定だと言うではないか。実は昨日の朝のニュースで『徳島の阿波踊り開幕!』とやっていたのを見て、助手と「四国へ行くか」・・・と言っていたのだ。昔から阿波踊りを一度見てみたいという思いはあったが、基本的に混雑が嫌いな私はおっくうがって一度も行ったことが無かった。もちろんディズニーランドにも一度も行ったことが無い。

 地図を見ると、丹後の宮津からちょうど真下が明石海峡である。 高速道路もつながっている。ジャストインタイムに友人からの電話を受けた今こそが阿波踊りを見るチャンスかもしれない。「よし、四国に行こう!」私は決断した。これもバイクに乗っていたから下した決断だった。


8/14

 朝9時に出発した。ちょうどうまい具合に丹後宮津にはインターがあり、京都縦貫道から綾部インターで舞鶴若狭自動車道に乗り換え、吉川ジャンクションから神戸ジャンクションを経て山陽自動車道に入り、三木ジャンクションから一直線に明石海峡大橋を渡る。「強風!二輪車転倒注意!」と看板が掲げられているが、まったくの無風で穏やかな日和であった。一般道と比べて、高速道路は確かに走りやすい。2車線なので助手も80〜100kmの一定スピードで走れる(一般道だと助手は時々後ろの車にせっつかれているのだ)。前を走っている私も絶えずミラー越しに助手の運転の心配をしているわけだが、これがとっても疲れるのである。その点2車線の高速道路は早い車は勝手に追い越して行ってくれるのだから、気楽である。

 写真の先に見えるのが大鳴門橋である。美しい景色の中をバイクで走るのは無性に気持ちいい。もう、理屈ではなく、体感である。ネイキッドバイクというのはちょうど人が立ったくらいの目線で走ってゆくのだが、たとえば自分の足で時速100kmで風を切って走る・・・と(乗ったことの無い人は)想像して欲しい。その目線で景色が流れると、胸が震えるくらいの、言いようの無い喜びが心に湧くのである。これは車では味わえない快感である。

 昼過ぎには徳島に着いてしまった。川沿いのレストランで食事を取りながらSに電話をすると3時ごろには到着すると言う。我々はその間に宿の手配をしなければならない。Sは今夜岐阜に帰るので宿は取っていなかったが、私はせっかく四国に来たのなら、最低でも坂本竜馬だけには会って帰りたかったのだ(笑)。で、近くにあったビジネスホテルで空き部屋を訪ねたが、14日の土曜日の阿波踊りの徳島市・・・こんな状況で空いているわけは無い。一応観光案内所の場所を聞き、徳島駅まで行った。暇な時期なら気に入ったホテルを見つけて直接宿泊を頼めば良いが、こんな時に宿を探すのはさすがに観光案内所が早い。「お二人?う〜ん、ちょっと聞いてみますね」と言いながら女性がホテルに電話をしてくれる。8畳和室がひとつあいていると言う。「お一人17500円ですけど・・・朝食つきで」ときた。普通ならちょっと高いが、この際仕方が無い。頼みます、と言うと受話器を耳に当てたまま、「あ、12500円でいいって言ってますよ、良かったですねぇ・・・お客さん、ラッキーですよ!」とニコニコ顔である。やれやれ、これでゆっくり阿波踊り見物ができる。

 友人のSは何年もかけて四国88ヶ所巡りも終えた、いわば四国通である。今回は鮎釣りとゴルフ(!)が目的で数日前から四国入りしているという。私とはいわゆる遊び友達で、釣りにダイビングに囲碁・・・こんな遊びを昔から一緒にやっている。Sの案内で阿波踊りの会場に向かう。桟敷席は満員で、その前の道路に直接座ると、昼間の太陽に熱せられたアスファルトが熱かった。そして夕刻の6時にいよいよ阿波踊りが始まった。

  阿波踊りを始めて見る私はその迫力に圧倒された。囃子に乗って掛け声をかけて踊りこんでくるいくつもの連(それぞれの踊りグループを連と呼ぶ)・・・艶やかな女踊りのあとにひょうきんで元気な男踊りが続く。そのあとに笛や太鼓や鐘の囃子が続く。

 その賑やかさと独特の仕草はいつまで見ても飽きない。特に女踊りの色っぽさは感動的ですらある。着ている衣装も赤〜ピンク系で、掛け声とともに踊る女性はとてもカッコイイ!!

 大人も子供も、爺さんもばあさんも踊っていました。阿波踊りは徳島市の全員がこぞって集まる祭りです。そんじょそこらの盆踊りとは規模も違います。全国からも好き者がはせ参じ、学生も多かった。わが母校の連も参加していたが、さすがに有名連とは実力差が歴然としていました。あとで新聞記事を読むと、全部で260連が参加し、そのうち昔から続く有名連がたったの16連。この日観光客14万人がこの徳島に押し寄せ、一番の賑わいだったそうです。・・・よく宿が見つかったもんだ・・・。

8/15に続く


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