親不知の海に遊ぶ (8-3.4.5)


 またしても遊び話がまとまった。言い出しっぺは私だが、その実一風の意を汲んだ私の巧みな誘いかけでもあった。その誘いに、まるで新子ハゼが釣り針につけたゴカイの餌に食いつくように、たやすくパックリ乗ったのが遊騒録初登場の「山アスパラ活二」であった(笑)。

 イワガキは夏場が旬である。コレのとりたてを海水の味付けでそのまま食すると、気絶するくらい旨い…旨すぎるのである。去年一風を尋ねてはるばる新潟の笹川流れまで遠征したのは、実にこの岩ガキのためであった。その時食べた生暖かい海水温イワガキ…コレをもう一度今年も食いたいというのが今回の私の目論見であった。昨年は海が濁っていて、私自身チッコイのをひとつ獲っただけに終わったのも、理由のひとつだ。やはりココはひとつ、自分で獲って食すという食道楽の究極を具現しなくては遊び人としてはやや不満足なのである。

 食道楽という点では今回集まったメンバーは自他ともにこれを自認しているヤツばかりである。一風と私はもとより、花山魚菜という三重に住む男は、海のもの山のものを手当たり次第に食い漁り、挙句の果てには生きた虫の幼虫…つまりウジ虫を、笑いながら…生でグチャグチャ噛みちぎる…という恐ろしいヤツである。この男がこのての話に乗ってこないわけは無い。台風で一週間餌を食っていなかったシイラの目の前のに、ポッパー(ルアー)をポチャンと放り込んだようなものである。
 山アスパラ活二は青海市に住む。山際にある実家の畑で山菜の「オオナルコユリ」を栽培し、自作した燻製器で魚やら肉を燻し、キノコを原木栽培し…それを食らって生きている。HPもその名も「田舎の味」として「自分で採って自分で食べる」とコンセプトを謳っている。イワガキについてもHPの掲示板で「山からの清冽なる湧き水と澄みわたる海水が入り混じる親不知のイワガキは…云々」とついつい自慢したのが活二の命取りとなった。
 私が一風に「親不知の海に潜ろう」と持ちかけたのは、勿論山アスパラ活二に一度会いたいと思っていた私の悪企みではあったが、活二が参加、案内を決めたのは地元に押しかけられては仕方が無いと観念したからであろう(笑)。
 一方、今回はokirakuはお休みである。職場で夏休みが取れなかったようである。

 今回は魚菜と一風も初顔合わせだ。この取り合わせも私の興味の対象であった。一風は一直線型、魚菜はジグザグフラフラタイプ。こういう取り合わせは意外とうまくいくことが多いはずと、勝手に考えて面白がっていたわけである。
 8月3日の朝10時、岐阜市に到着した魚菜を載せて、私と弟子は親不知に向けて出発した。弟子は昨年のナメコ発見のドサクサ紛れに助手に昇格していい気になっているが、今年の春にまたしてもトラウトロッドを不注意で折り、再び弟子に格下げになったくせに、それを無視して「助手」という名で書き込みを続けている。
 それはさておき、我々は途中郡上八幡町の趣味千山に寄り、一服した後、せせらぎ街道を通り飛騨高山から、一路富山に向かった。富山からは北陸自動車道で青海まで一直線。午後の4時には青海ICを降り、今夜の一風との待ち合わせ場所やら釣り場を下見して歩いた。一風が到着するのは夜中の11時であるから、それまで釣りでもして時間を潰さねばならない(…と言いながら、じつはそれが目的だったりして…)。魚菜も最近はすっかり釣りに燃えている。本も買ってきていろいろ研究しているようだ。私はなんとかサーフからシーバスを釣りたいと思っていた。
 長距離ドライブの疲れを取ろうと近くの温泉に行く。入ってしばらくすると魚菜の姿が無い。一緒には入ったのだが…サウナにでも行ったのかと思っていたら、何のことは無い、超人的入浴時間…カラスの行水とは魚菜の入浴時間を言う。私も早いと思っていたが、それを上回る人間を初めて見つけた。曰く「風呂はカラダの脂分を落としてしまうんで…」とか。魚菜の入浴料1000円が非常に高く感じられた。魚菜に有料温泉はもったいない。切明の川原風呂で十分だ。

 風呂の後飯を食い、夜釣りに出かけた。木浦川という小さな川の流れ込みを狙ってルア-を投げているとガツン!としたアタリがありバシャッ!と沖で跳ねる音がする。引き波に持っていかれそうになりながら、なんとか砂浜にずり上げると、50センチほどのシーバスであった。この写真は直後に魚菜に撮ってもらったものだ。明日のバーべキューの刺身が獲れた。ムフフ。

 その後一風から電話があり、待ち合わせ場所に着いたとのこと。急いで引き返し、ここで一風、魚菜の初ご対面とあいなった。あとで一風がいないところで、魚菜が私にボソリとこう言った。
 「一風さんって…普通の人ですねぇ…」
 コレには私も弟子も大笑い。一体魚菜はどんな一風を想像していたのだろう。人間を超える人物を想像していたようだ。掲示板などの独特で癖の強い文章が一風像を一人歩きさせているようだ。実際会うと私などより数倍、人に気を使う神経の行き届いた人間なのである。
 一風とキャンプを張ると、たいていのものはすでに用意されている。一斗缶コンロが新しくなっていた。こんな具合に横にして使うように友人に作ってもらったと言う。



 8月4日
 夜中まで起きていた我々は、のんびり9時ごろ起きる。一風はもう起きて朝食の用意をしている。山アスパラが合流するのは昼の予定であり、今日はその後活二の実家に行って「何か」を手伝わされ、親不知の海に潜るのは明日の予定となっていたので、それまで練習がてらどこかで潜ってこようという話になった。それにしてもこのクソ暑い夏に何を手伝わされるのだろう…話の様子では多分、力仕事だぞ…3人ともやや不安な面持ちで話していたことを、活二は知らない。

 海はまぁまぁ凪いでいた。少し北に行った岩礁地帯で潜った。透明度も良い。しかし入りやすい場所とあって、サザエなどは小さいものが少し獲れただけであった。一風はイワガキをはがし、魚菜に剥いてやっていたようだ。そう、魚菜と言えば、潜るどころか泳ぐことさえまったくダメなカナヅチ人間で(そんなヤツがよく小さなボートで海に出るものだ)、来る前から我々に海に引きずり込まれるのを極度に恐れていたのである。どうやら水に浮いていることが出来ないらしい。風呂嫌いもこの延長かも知れぬ。

 昼になって、ついに活二登場。顔はHPに自己紹介で写真が乗っけてあるので、すぐに分かったが、人柄は想像していたよりも気さくで友好的なヤツであった。実はHPの文章やらこだわり方から、もう少し気難しい人間性を想像していたのである。人は会ってみなければ本当に分からない。
 で、我々が何を手伝わされたかと言うと、それが下の写真である。何のことは無い横に建っているスモークハウスが古くなったので作り変えるに当たって、その基礎を石組みにしたいが、組み方が分からないと言うのである。石ももう用意されていて、石を乗せてモルタルで固めていくだけだが、確かに初めてではやり方などが分からないかもしれない。私はこういうことは好きで、師匠のM氏にいろいろ教えて貰っていたから大体分かる。人手もあることだし、一時間ばかりで片付いてしまった。

 その簡単な作業のご褒美が実に過分であった。活二ママが作ってくれていた忠兵衛(屋号)の笹寿司。一時山アスパラの掲示板で話題となっていた代物である。飛騨にも笹寿司というのはあるが、具がまったく違う。このような美しい、豪華絢爛な笹寿司を知らない。
 私と魚菜は5個食った。弟子は3個。一風は7個以上平らげた。この食べ物は自分の前に笹の葉が食べた数だけ並ぶので、誰が何個食べたかが分かってしまう仕組みになっている(笑)。だから女は食べ終わった笹の葉を人の前にこっそり置くんだよ…こんなことを笑いながら活二の母が言う。楽しい人だ。言い忘れたが、活二の実家も年代モノの素晴らしい田舎作りの家である。まず私の目を引いたのがケヤキの太い柱である。惜しげもなくふんだんに使われているが、今購入しようとしたら一本でもウン十万円、いや、もう一桁違うかも…それよりこんな木はもう日本で調達できないであろう。天井も高い。広々とした涼しげな居間で、風呂に入れてもらった後(魚菜は入らなかった)、ノンアルコールビールを飲みながら食った笹寿司…本当にご馳走様でした。
 活二は昨日の夜から仕事で寝ていない。我々はとりあえず浜に戻りキャンプを張り、夜、一眠りした活二が合流することになった。

 浜に戻り、こんな感じに車を並べ、ターフを張った。コレはなかなかの出来で、夜露も凌ぐことが出来る。昨日釣ったスズキの刺身を作り、魚菜が釣り人にもらったキスのテンプラやら、夕食の用意が始まった。一風はブイヤベースを作り始めた。話題には上らなかったが、5月のキャンプの苦い失敗を繰り返さないところが我々の偉いところである。そして天才が作ったブイヤベースはその失敗を補填して余りある仕上がりとなり、ドンペリとともに食通魚菜の舌をもうならせたのである。あたりが薄暗くなり、晩餐の用意が仕上がったところに、山アスパラも「イガイ(ムール貝のようなもの)」を持って現われた。今獲ってきたのだと言う。元気なヤツだ。さっそくそれで酒蒸しを作り、皆舌鼓を打つ。味の濃い貝だ。沖のテトラポットに沢山付いているらしい。

 我々は思い出を作りながら生きている。今日のこんな日も楽しい思い出のひとつだ。仕事をしていても、街でショッピングを楽しんでも、パチンコかなんかして遊んでも、はたまた寝っ転がっていても時間は過ぎてゆく。ポリシーやらコンセプトが似たもの同士が集まったこの夜。酒を飲み、採れたての旨いものを食いながら過ごすこんな時間がいかに貴重なものかを、最近の私は実感している。同じ時間は再び戻ってこない。今日こそが今日、今こそが今なのである。

8月5日
 目的の海に潜る。親不知は天下の倹。断崖絶壁のそそり立つ、親でさえ子を省みることが出来ぬほどの難所であるからこの名前が付いた。高所恐怖症の私が下を見ることが出来ないほどの急な階段を降り、海辺にたどり着いた。こんな場所では確かに泳ぐ人は少ないだろう。それに昨日より海が荒れている。左から右に潮流もけっこうきつい。泳ぎ出てしばらくすると弟子が引き返している。後で聞くとオモリが重すぎたのか、顔が沈み、溺れそうになって疲れ果てたらしい。未熟なヤツだ。一風はショア近辺で早々と多量のイワガキを採取し、これも岸に戻った。魚菜は言うまでもなく服を着たまま、一風につくって貰った紙コップ箱眼鏡を「顔に水が掛かるから」というたわいもない理由で捨て、ヒスイでも落ちていないかと石を拾っていたようだ。この青海町近辺では海岸でヒスイが採れることで有名だ。しかし私はこのことには興味はない。
 活二は一風と同じく海水パンツと水中眼鏡一丁で、シュノーケルも足ひれもつけず、潜る。どうやら新潟県ではウエットスーツが売られていないようだ。
 握りこぶしよりでかいサザエがごろごろしている。それだけを見てもここが人々に荒らされていないことが分かる。透明度も10メーターほど。しかし潮の流れがきつく、獲物入れに浮き袋に網を吊るしてあるのだが、潜っているとすぐに流されている。取りに行って、そこでまた潜り、また袋を取りに行く…この繰り返しでけっこう疲れた。いそうでいない。…アワビのことである。
 岸に戻ろうと泳いでいくと、突然目の前の海水がモヤモヤとぼやけ始めた。実は私はこの体験が初めてで、内心少し感動していた。海水がぼやけている理由は簡単で、岸から谷水が流れ込んで、海水と交じり合っているのである。汚い街の川が流れ込んでいるのなら敬遠するが、この水は市街地を経由していない、まさにすぐそこから湧いて出た清流であることは分かっていた。そしてそこに、海底の岩の上にイワガキがへばり付いているのである。
 私は夢中でイワガキをナイフで剥ぎ取り、泳いだまま、口に放り込んだ。
 「旨い!!!」
 実に旨かった。どこのどんなレストランで食っても、この味には到底及ばない。休んでいた一風と弟子も再び水中で遊び始めた。

 私が一番快感を覚えた瞬間の写真である。先ほど海に注いでいた清流に身を浸し、泳いで火照った体を冷やす。なぜ人生はこんなにも楽しいのだろう。悪びれることなくそう感じた。私はこの時間を生涯忘れない。
 活二ちゃん、サンキュー!。数々の演出、バッチリでしたよ。

OUT DOOR

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