『魔性の渓谷・・・終章』


カヤノ平の夜明け

 私は車の中で寝たのだが、どうにも狭くていけない。寝た気がしない。途中で何度も目が覚めた。ふと気がつくと目の前に朝焼けがあった。その美しさにガバッと跳ね起きて車から降りると、朝日の中で一風がもう火を焚いている。よく働くやつだ。

 周囲はかすかな朝もやがかかり、0℃前後の清冽な空気に満たされている。キャンプの醍醐味はこの瞬間にあるのではないだろうか。目を覚ますとそこには大自然に抱かれた自分がいる。

朝食の支度をする一風

 sonetaに、よく眠れたかと聞くと、ぜんぜん寒くなく、ぐっすり眠れたそうだ。却ってこんな小さなテントのほうが寒くないかも知れぬ。もちろんシュラーフは使っているが。朝食は昨夜の味噌汁の残りとパンとコーヒー。sonetaだけはカップ麺にギョウジャニンニクを放り込んで食っている。早々に朝食を済ませて、テントやタープをたたみ、林道の通行止めゲートまで移動。

 「ま、10分くらい林道歩いて、下に下りますから・・・」と一風の説明があるが、これは後で大嘘だと判明。テクテクと30分以上も歩かされ、やっと谷に下りたのだ。多分本当のことを言うと皆がグズるので、嘘をついたに違いない(笑)。

リュウキンカ咲く魔性の渓谷

 谷に下りると、昨年より雪も多く、水も多い。昨年はまったく無かったところに雪が残り、その上を歩いて行くと、ズルッ!!と滑る。それに昨年は目的地点に車を置いておき、片道の遡上で済んだのだが、今年は林道閉鎖のため往復となる。その上林道を片道40分ほど歩かねばならないのだから、都合去年の4倍以上歩かねばならない計算になるのだ。しかし水辺の花や風景に見とれながら歩いていると、疲労など覚えている暇など無い。昨年も書いたが、ここは天下の名峪である。こんなところを歩けること自体を楽しみとすれば、足の疲れなど問題ではないのだ。

カメラ目線になった一風の愛犬ティーピー

 ティーピーは面白い犬である。基本的に自分で道を見つけながら一風にピッタリ寄り添って歩くのであるが、一風がどんどん先に行ってしまい、そこに自分が飛べない岩などがあると、キューンキューンと拗ねてみせる。まるで子供が「トーチャン!置いてかないでよ〜」と泣いているように聞こえるし、実際そう言っているのだ。昨日もキャンプ中に私の背中をたたくのヤツがいるので振り向くと、ティーピーが「ね〜遊んでよ〜」と言いながら体を押し付けてくるのである。特に自然の中にいると、動物の発する声も意味がなんとなく分かる気がする。またティーピーは水にはめっぽう強い。5秒間突っ込んだだけで毛が痺れてくるほどの雪解け水の渓谷をザブザブと渡って歩く姿はさすがである。

いつに無くやる気満々のsoneta

 sonetaは東京に住んでいるがいわゆる都会的なアウトドアマンではないように思える。口ではお気楽なことしか言わないが、根は結構なスキモノである。だいたい渓谷遡上に備えて7kgもシェイプアップ出来るのは並大抵なヤツではない。口で言うほど簡単なことではないことは私が一番知っている。コツコツ努力が出来る人間なのだろう。顔も以前より精悍になったのは単に手拭鉢巻を帽子に替えたからばかりじゃないのである。

 途中釣り人に会う。3人のグループだった。しばらく見ていたが、釣れる様子が無かった。釣れるところも見てみたい、と言って他人が釣るのを見るのもまた面白くない・・・これが私というアングラーの狭量なところである。もっと達観しなくては・・・。

 ところでこの写真を見て欲しい。よく見ると落ち葉を突き破って魔性の山菜が芽を出しているのが分かる。何故だろう・・・この不思議を私は歩きながらずっと考えていたが、ふとその理由が分かった。芽吹く時に、この落ち葉の上にはきっと雪があったのだ。だから落ち葉が持ち上がることなく、突き破る格好でギョウジャニンニクが芽を出したのに違いない。つまりギョウジャニンニクの芽は雪融け以前に大地から顔を出すのだ。こんな自然界の謎解きもたまには面白い。

純天然水

 途中各所で小さな谷が流れ込んでいるが、湧き水は思ったより少ない。ま、ここらあたりなら谷水でも構わないのだが、基本的には湧き出してくる清水が安全で旨い。そんな清水を見つけたのでさっそくコップに汲んで皆で飲む。ついでに一風の持っていたソーゼージをギョウジャニンニクの葉っぱにくるんで食す。簡単な食い方が一番旨いという見本のような食い方である。そして冷たいこの純天然水・・・何も言うことは無い。

 9時になった。3時間ほど歩いた計算になる。「そろそろ戻りますか・・・」と一風。賛成である。景色もたっぷり楽しんだし、そこそこギョウジャニンニクも収穫したし・・・写真も一杯撮ったし、もう十分であった。

私とsonetaの滝登り風景

 帰りは一風の滝の真ん中を登る。今まで我々は右岸の脇を登っており、一風だけがここをサルのように駆け上っていたのだが、弟子が真似をしたいと言い出し、結局登るハメになったのだ。水量があって結構戸惑ったが、何とか登ったのである。

 このあたりでまたもや魚菜が行方不明になる。魚菜は昨年の岐阜OFF会でも山中で行方不明になっている。皆でオ〜イ、オ〜イと探し回り、探し疲れた頃にヘラヘラ笑って「どうしました?」なんてオバン芸者のイントネーションでのこのこ出てくるのだから厄介なヤツである。ま、今回は道が一本道なので誰も探さなかったが、案の定上流でヘラヘラ笑って我々を待っていた。

sonetaと魚菜

 帰り道は林道に上がってからが長かった。ゆるい登り道を数キロ歩いたろうか。私と弟子はエアロビで鍛えているので45分間は早足で歩くことが出来る。こういう時は止まったりすると却って疲れるので早足でどんどん進むほうが体が慣れ、しんどくないのである。みるみる3人との距離が離れる。さすがに一風は途中ショートカットで追いついてきたが、ずいぶん待ってやっと姿を見せたsonetaと魚菜は上着を脱ぎ、この体たらくである。出発地点のゲートに到着したのは12時であった。6時間の散歩だったわけだ。そこで我々は持ってきたものを昼食として片付け、1時前に北と南に別れた。帰りは魚菜が運転してくれた。最初は温泉に行って足をほぐすか・・・などと言っていたが、魚菜の運転手権限であっさりパス。それはいいのだが、魚菜の運転はあのオバン芸者のしゃべり方とは裏腹の、まるでファミコンのカーレースをやっているような走りであったことを付記しておこう。私は助手席で、死んだ振りをしていた。

OUT DOOR

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