out door
姫川港ホタルイカすくい
5/1/2008
去年から念願だったホタルイカすくい。ホタルイカを救うのではなく、タモで掬って喰おうという・・・あくまでも狩猟民族的ベクトルを持った行動だから・・・念のために。このホタルイカが富山湾に湧くのは例年3月中旬から5月の連休明けまでで、いろんな条件の下でだいたい湧く日が決まっているようだ。近所に住む山アスパラ活二曰く、
・モワーっとした南っ気の弱い風
・どんよりとした曇り空
・海が静かでベタ凪ぎという条件が重なった時にのみ接岸するらしい。
波予報と潮汐表を見て、ここ数日は条件が揃っていることを確認し、急遽5月1日の夕方、新潟の糸魚川にある姫川港に出発した。途中飯を食いながら、着いたのは夜の10時ごろだった。最初は ホタルイカの身投げで有名な富山湾の砂浜を覗いてみようと思っていたのだが、活二に電話すると「砂浜で獲れるホタルイカは砂を噛んでいる」と言う。これはいかん、砂を噛むような・・・という表現があるが、貝などでも砂が入っていると実際食っても味気ないものである。 それで、直接姫川港に行くことにしたのだ。ここがホタルイカがすくえる北限で、直江津まで行くともうホタルイカは出現しない。この姫川港、以前は岸壁まで車が乗り入れられたのだが、狭い漁港以外、大型船埠頭は最近は乗り入れが禁止になっているようだ。とりあえず漁港ですくおうとして待機している人に様子を聞くと、だいたい11時ごろからポツポツとやってきて、2時ごろが一番多い・・・と言う。しかし今日は風も強く、寒いので「どうかな?、潮も濁っているし・・・」ということらしい。ううむ、なかなか難しいものだ。
とりあえず満員の漁港を離れ、大型船埠頭の東側に車を止め、少し歩いて岸壁に行って発電機と電球をセットする。海面を照らすと、無数の小魚が群れで寄ってきてグルグル回り始めた。光に集ったプランクトンを食べに寄ってきたのだが、時々その小魚にアタックしてくる魚もいて、私はキャスティングロッドを取り出し、周辺を探ったが反応は無かった。風がけっこう強く、寒い。ホタルイカが寄る気配も無い。近くの人に聞くと、「今日はダメかもね」って言いながら、「そうそう、さっきこれすくいましたよ」と言って見せてくれたのがコウイカだった。先日小浜でも釣れていたが、この時期コウイカのノッコミの季節らしい。
1時になっても2時になってもホタルイカが回ってこないので、灯りの下で群れている小魚をタモですくってやった。コウナゴみたいな魚だが、よく分からないまま、クーラーに入れて明日会う予定の活二の土産にした。じょしゅはすっかり飽きたのか、周りに誰もいないのをいいことにテープを回して最近ハマッているフラダンスの練習を始めた。暗闇のフラダンスはなかなか不気味である。3時ごろまで頑張ったが、その気も無いので、とりあえず今夜は諦め、車で仮眠。
5/2
活二は朝の10時ごろまで仕事なので、7時前に起きた我々は以前泊まったことのある糸魚川ホテルに行って朝食をとり、温泉に入って疲れを取り、休憩。今回は何故かハイエースでなくクルーガーで行ったため、狭い座席で3時間くらいしか眠れなかったうえ、身体のあちこちが痛い。だいたい私は昔から朝型の人間なので徹夜というのが大の苦手である。徹夜をすると身体がだるい。朝食も岐阜とか愛知県だと「モーニングサービスつきの喫茶店」というのがたくさんあって朝食が簡単に取れるが、他県、特に日本海側には喫茶店自体が少なく、仮にあっても「モーニングサービス」というのは皆無である。コンビニはあるが、どうにもメリハリというものが無い。
その後釣具屋でホタルイカ用の5.4mのタモを買った。要は磯ダモに少し目の細かい網をつけたものであるが、これはもちろん岐阜では売っていない。昨日使ったタモは私が出発間際に適当に柄を延長させて作ったタモだったのだ。ついでにスーパーでホタルイカのゆでたやつを買って活二の実家の忠ヱ門に行ったのである。
活二は相変わらず元気であった。私ならおそらくフラフラになっているであろう夜勤明けが、特に元気なんだから不可思議だ。忠ヱ門に行くともう原木ナメコに菌を打っている最中だった。とりあえず形だけは手伝う振りをして2、3本に植菌して「さあ、一杯やろうか」と言ってじょしゅにてんぷらの準備をさせた。だいたい活二というのは、この忠ヱ門に来たヤツラを全て労働力に換算しているフシがある。最初の出会いからしてそうであった。思えば何年か前の夏のクソ暑い炎天下に、美味しい笹寿司につられた我々を待っていたのはスモークハウスの石積みだったっけ。悪い癖である。この癖は直すべきだ。そのうえ今回はオカーチャンがいなくて笹寿司も無いのだから話にもならない。
昨日とった魚はてんぷらにしたら非常に美味しかった。これはコウナゴの子供だな、きっと。活二の庭で採れたギンポギのおひたしも甘く、美味い。それらを肴に一杯やって、我々は二時間ほど昼寝をし、夕方活二の山に山菜を採りに行った。
このあたりの山は、訪れる人もあまりいないのだろうが・・・山菜が手付かずで残っている。ウド、ゼンマイ、ワラビ、コゴミ、タラの芽、コシアブラ・・・雪深い新潟ならではの一気芽吹きである。岐阜のように誰かと競争する必要も無く、のんびりと採ることが出来るのは大変羨ましい。 今日の活二は明日に控えた娘の成人式で忙しく、今夜のホタルイカすくいには参加できないとのことだった。ただでさえも家族から見放されそうになっている活二にとっては、見捨てられないための精一杯の奉仕が必要なので仕方ないだろう。夕刻活二と別れ、我々は再び姫川港に向かった。
昨日見ておいたのと、来る時間が早かったので漁港のいい場所に陣取ることが出来た。やがて仕事を終えたかやのんちが現場到着。そそくさと宴会の準備が整った。 今彼は「郡上踊り」にハマっている・・・らしい。YOU TUBEの映像を見ながら練習を重ねているというが、その姿を想像すると笑ってしまうよね。一杯やりながら、後はホタルイカの接岸を待つ。昨夜と違って風も無く、海も澄んでいる。なんとなく雰囲気が良さそうだ。
しばらくして対岸を見ると、皆がタモを振り始めた。夜の9時過ぎだったかな?。急いで前の海を見ると、確かにホタルイカらしき姿が見えた!。聞いていた通り、その姿は赤く、フラフラと一匹で泳いで灯りの下にやってきた。そーっと玉網を下ろし、すくうと・・・網に触れた瞬間小さな蛍光色の青い光をキラキラと放った!。泳いでいる時も、すくわれた後も、光は出ない。網に触れたその瞬間だけ光るのである。その瞬間の達成感と不思議な感動は、近年にない、なかなかのものであった。
記念すべき第一号捕虜。もっと小さいと思っていたが、個体差はあるものの4〜5センチ程のイカである。目玉がデカイ。かやのんちは何を思ったか来る時に100均でタモを買ってきたようだが、堤防からでは使い物にならず、昨日私の使った柄の短いタモを使ってすくい始めた。それでも近寄ってくるのを十分待ってからすくうと、けっこう獲れる。
時々群れで回ってくると、その時は5、6匹が同時に網に入る。夢中になってすくっていると、けっこうな量が獲れたので、早速ナベでゆでることにする。獲れたてを茹でて食う・・・これも今回の大きな目的のひとつだった。生で踊り食いをしたいところだが、ホタルイカにはアニサキスに似た線虫が約10%の確率で寄生しており、アニサキス同様の腸閉塞を引き起こすそうだから、茹でたのである。ちなみに冷凍保存(−20℃で6時間、−40℃で40分以上)してからなら解凍して刺身で食っても大丈夫だと先日の新聞に書いてあった。
さすがに獲れたての茹でたては絶品。以前シャブシャブにして食べたが、このときと同様、身の甘さと肝の濃厚さが入り混じった独特の味は、新潟まではるばるやって来た甲斐があったというものだ。
夜の12時ごろに柿の種が現れた。同じ新潟県でも彼は新潟市だから、ここまで200km弱の距離がある。いつも仕事を終えてからすっ飛んでくるのだが、タフなヤツである。しかし柿の種が来た頃から少し海が濁り始め、海中が良く見えなくなった。
宴会しながらホタルイカをすくい、それを肴にまた一杯やる・・・これはなかなか風情のある遊びである。魚釣りとは一味も二味も違う、コレはコレで狩猟民族の血を沸かせる原始漁法である。じょしゅも生まれて初めて一匹すくう。
夜中の2時になってあまり獲れなくなったところへ、漁師のおっさんがやってきて船が着くから場所を空けろということになり、撤収。我々は明日には小浜に行く予定なので、帰路に着くことにした。それじゃぁサヨナラ、バイバイ、チャオ・・・と、かやのんちと柿の種と別れ、姫川港を後にしたのだが、後で話に聞くと、明け方の3時半ごろ、大量のホタルイカが湾内に乱入してお祭り騒ぎだったとか・・・。株かなんかを「よし、これだけ儲かればよいか!」と売ってしまってから暴騰したときのような奇妙な焦燥感を味わうこととなった(笑)。しかし前日のボウズを考えれば、そして来年のことを思えば、コレでよかったのである。一匹一匹すくうのもなかなか味があるのである。条件もだいたい分かった。新月の大潮回りで風の無い日を選び、すくいに行けばいいのである。連休は混むので、来年は4月の前半にしよう。
追記
これが後日解凍したホタルイカの刺身。ダイレイの−60℃で冷凍したのでそのまんま(解凍液垂れも無く)で美味しくいただけました。しかしたくさんは食えませんね。肝の味が濃くて。従ってまた残りをシャブシャブにして食べました。この方がイケルかも。